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大阪地方裁判所 昭和50年(行ク)11号 決定 1975年8月12日

申立人 稲垣浩

被申立人 大阪府西成警察署長

訴訟代理人 高橋欣一 渕上勤 宗宮英俊 曾我謙慎 国見清太 西村省三 ほか一二名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨および理由は別紙(一)、(二)<省略>のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙(三)<省略>(四)<省略>のとおりである。

二  本件の疎明によれば申立人は釜ケ崎夏祭実行委員会が主催する夏祭に際し道路においてみこし行列を行うべく昭和五〇年八月八日道路交通法第七七条第一項第四号、大阪府道路交通規則第一五条に基き、被申立人に対し、別紙(一)添付の許可申請書<省略>のとおり右行為の許可を申請したところ、被申立人は同月一一日不許可の処分をしたことが認められる。

三  申立人は、道路において、みこし行列を行うことは右法令の規定上許可制になつているが実質上届出制と異なるところはないと主張する。しかし、右規定によると、道路においてみこし行列を行うことは一般に禁止され、警察署長の許可を受けると適法にこれを行いうることになるのであつて、許可の申請をしただけでは適法にこれを行いうるものではない。従つて、本件不許可処分の効力を停止しこれによつで未だ許否の処分がなかつたと同一の状態をつくりだしても、みこし行列を行いうることになるわけではなく、中立人にとつてなんら利益がない。

そうすると、本件申立ては不適法として却下するほかなく、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 石川恭)

別紙(一)

申立の趣旨

申立人の許可申請にかかる昭和五〇年八月一二~一五日実施の行列順路を別紙図面のとおりとするみこし行列について、被申立人が昭和五〇年八月一一日付でした不許可処分の効力を停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

との裁判を求める。

申立の理由

一 行政処分の存在

申立人は第四回釜ケ崎夏祭実行委員会の代表として同委員会が、夏祭の一環としてみこし行列を行うべく昭和五〇年八月八日道路交通法七七条一項四号、同条一項本文に基き、被申立人に対し、別紙申請書記載のとおり、右行列の許可を申請したところ、被申立人は同月一一日付を以て右行列を許可しない旨の不許可処分をなした。

二 本件処分の違法性

1 本件道路使用は、第四回釜ケ崎夏祭実行委員会が、夏祭に際し、祭のみこしをかついで道路を通行すること(みこしかつぎ)を企画したものである。釜ケ崎は、日本の底辺労働者が集つている地域でもあり、最も過酷な条件のもとでの労働を強いられている。一般の地域ではお盆の前後に夏祭が行なわれているが、釜ケ崎ではかつてそのようなものがなかつた。そこで昭和四七年八月、釜ケ崎の労働者が実行委員会を結成し日常の過酷な労働のつらさを忘れるため、過酷な労働による労災事故等で死亡した労働者の霊をとむらうため、また釜ケ崎労働者の団結を強めるために、夏祭を行なつた。それ以来、夏祭は今年で四回目となり、釜ケ崎地区に定着した恒例の行事となつている。

夏祭にはみこしがつきものであるとのことで、第四回夏祭にはその一環としてみこしかつぎが企画された。ところで、釜ケ崎夏祭の一環としての本件みこしかつぎは、釜ケ崎労働者の団結を強めるために行われるものであつて、一般の集団示威行進とその性質を同じくし、憲法の保障する表現の自由の行使である。ちなみに本件みこしには神社のみこしとは異なり何ら御神体等はない。いわば、労災事故で死亡した釜ケ崎労働者がそうであるともいえる。

2 道路交通法七七条一項は、同項一号ないし同号の道路使用につき、所轄警察署長の許可を必要とする旨規定し、同条二項において同項一ないし三号の場合の許可を義務づけている。なお右「許可」が実質的には届出であることは後述のとおりである。

本件みこしかつぎは、神社の行うみこしかつぎとは異なつているものの、同条一項四号の祭礼行事に該当するものである。しかしながら、以下に述べるように、同条二項一号又は三号に該当するので、本件西成警察署長の処分は、同項の適用を誤つたもので違法がある。

(一) 現に交通の妨害となるおそれはないと認められる。

本件みこしかつぎコースにあたる道路は、車輌の通行量が少い(一般的に釜ケ崎地区内の車輌の通行量は他地区に比して極端に少い)。

本件みこしは大人用と子供用の二つである。両者とも一二人でかつぐものである。大人用は幅が約一米、長さが約五米(かつぎ棒を含む)であり、子供用は幅が六〇センチメートル、長さが約五米である。それを一二人の人間がかついで歩いても、コースに当る道路の幅は約六米以上あり、車輌と十分すれ違えるものである。よつて車輌との関係では、交通の妨害となるおそれがないことは明白である。ちなみに昭和五〇年八月九日西成警察署において、同署交通課森山某は本件みこしかつぎについて「著しい交通の停滞は考えられない」と申立人に述べた。また本件道路幅(広い所では約一〇米以上)から考えて、歩行者の通行の妨害ともならない。

従つて、本件申請についての不許可処分は、事実認定を誤つた結果、道路交通法七七条二項一号の適用を誤つた違法がある。

(二) 公益上又は社会慣習上やむを得ない場合である。

一般にみこしかつぎが、同条二項三号の「社会慣習上やむを得ない」場合であることは、言うまでもないところである。この一点によつても本件みこしかつぎが社会慣習上やむを得ないものとして認められなければならない。更にその上、本件みこしかつぎの趣旨は表現の自由の行使でもある。このことは、前述した本件みこしかつぎの趣旨から明らかである。元来同条一項による規制の趣旨は単に交通の円滑を図るためであつて、表現の自由の行使はそれ自体公益上のやむを得ない場合と認められなければならない。しかも釜ケ崎夏祭は釜ケ崎地区に定着した恒例の行事となつており、釜ケ崎労働者が主体となつて参加するため待望している。みこしかつぎの企画は今回が最初であるものの夏祭にみこしかつぎはつきものであり、その点から、本件みこしかつぎは公益上又は社会慣習上やむを得ない場合である。昭和五〇年七月二〇日ころ、大阪市浪速区にある広田神社祭礼のみこしかつぎがあり、釜ケ崎地区内も通行した。それについては許可処分があつたものと思われる。これに比して、本件みこしかつぎは、表現の自由の行使としてなされるものであるから、一層その公益上又は社会慣習上の必要性が大きいと言わなければならない。よつて、本件不許可処分は同条二項三号の適用を誤つた違法がある。

三 道路交通法七七条一項は、同項各号にかかげる行為につき、文面上許可制を採つているが、本件申請の場合のようなみこしかつぎについては、実質的に届出制と異ならないものである。その理由を以下に述べる。

1 同法七七条一項は、同項各号に該当する行為について警察署長等の許可を受けなければならないとし、同項二項において、当該申請行為が現に交通の妨害となるおそれがないと認められるとき(一号)のみたらず、当該申請に係る行為が現に交通の妨害となるおそれはあるが、公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるとき(三号)は、許可をしなければならないとしている。

2 同法一項は、同項各号の行為につき一律に文面上許可制にかかわらしめているが、みこしかつぎの場合と同項一、二、三号の場合とは、道路の使用方法において根本的な差異が存する。

一、二及び三号に定められた行為は、いずれも道路を、その本来の使用方法即ち通行のために使用するのではなく、工事、工作物設置、出店など通行以外の方法で道路を使用するものである。

道路を同項一、二、三号のように通行以外の方法、目的で使用する場合には、文面上のみならず実質上も許可制にかかるものと言わねばならないが、道路を通行の目的、方法で使用する場合は、これと同一に考えられない。道路を通行することは、市民に一般的に認められた権利であり、行政庁は、特別の必要があ場合に、各別に通行を禁止し、又は制限することができるのである。このことは同条一項一、二及び三号が、無限定的な規定の仕方をしているのに比べ、主として道路を通行のために使用する行為につき定めた同項四号が「一般的交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は……」というような限定をなしていることからも明らかである。また、同項三号において、「場所を移動しないで」という限定をしているが、その趣旨は、当該店が場所を移動することを本来的なものとしている場合は、まさに道路を通行のため使用することにほかならないので、同号から除外したところにある。このことも右の理を明らかに示している。

要するに、道路を、その本来の使用目的即ち通行のために使用する行為については、市民の権利として一般的に認められているのであつて、ただ、それが、同法七七条一項四号のように「一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態又は……」に該当する場合であり、かつ同条二項の定めるように「交通の妨害となるおそれ」が認められるときにのみ制限されるものと言わなければたらない。しかも、この場合であつても、「公益上又は社会の慣習上やむを得ないものであると認められるとき」は制限はできない即ち許可されなければならないのである。

ところで、みこしかつぎは、みこしをかついで道路を通行するものであり、みこしをかつぐという点を除いては、通常の道路の通行に全く異ならない。即ち、みこしかつぎは、道路を通行のために使用するものであり、まさに道路本来の使用方法に沿うものである。ただみこしをかついで通行する形態であるので、一般交通に著しい影響を及ぼし、交通の妨害となる場合があり得るというにすぎない。

なお、みこしかつぎが同条二項三号の「社会の慣習上やむを得ないもの」であることは既に述べたとおりである。

以上のとおり、みこしかつぎを含み、道路をその本来の使用方法(通行)に沿つて使用する行為については、同法は、不許可をし得る場合を厳格に制限して、許可を義務づけているものであつて、文面上は許可制となつているが、実質は届出制に異ならないのである。従つて、本件不許可処分の効力が停止されることによつて、申立人らはその申請のとおりのみこしかつぎをなしうるにいたるものであることは当然である。

四 以上のとおり、本件許可申請にかかるみこしかつぎの行為は、道路交通法七七条二項一号もしくは三号に該当すること明らかであり、本件申請を不許可にした相手方の処分は、同規定の適用を誤まつたもので違法であるから、直ちに取消さねばならないものである。申立人は、右不許可処分の取消を求めるべく本案訴訟を提起したが、本件申請にかかるみこしかつぎの予定(本年八月一二日から一五日まで)は目前に迫つており、本案訴訟の判断がなされるまでに右期日が過ぎてしまうことは確実である。本件申請にかかるみこしかつぎの意義が前述のとおり申立人をはじめとする釜ケ崎労働者にとつて非常に大きいものであることをも考えるならば、期日を過ぎることにより回復しがない損害を被ることは明らかである。よつて、本申立に及ぶ次第である。

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